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父が子に語る近現代史
2010-02-12-Fri-17:24

父が子に語る近現代史
- 小島毅
- トランスビュー
- 1260円
書評/歴史・記録(NF)

歴史が苦手だ。が、この本の帯文にある「わたしたちが、良く生きるために、必ず知っておかなけえばならないこと。」という言葉はもっともだと思う。苦手ではあるけれど、知りたい、知っておかなくては、という思いはいつも胸のどこかにある。で、この本を手にとってみたのだった。
正直、はじめは読みにくかった。話題があちらこちらに飛ぶので、歴史の全体像を把握していない者にとっては、それが流れの中のどの部分にあってどこに繋がっているのかがよく分からない。それでも平易な言葉で書かれているので、なんとか読み進むうちに、なるほど、と思った。
自分はなぜ歴史に苦手意識を持ってしまったのか。ひとつ言い訳するならば、我が母校はちょっと変わっていて、中学の「社会」で日本の歴史をさらっと習ったのち、高校では「社会科」の中からひとつ選択すれば良しということで、あたしは「地理」を選んだのだった(と言って地理も全然身につかなかったけれど)。なので「世界史」をきちんと習った覚えがない(今の時代では考えられないカリキュラムだ)。そのまま受験勉強もなく大学へ持ち上がったので、年号を必至に暗記したこともない。となると、どうなるか。日本と世界のつながりが分からない。日本の歴史は世界の歴史の一部であるのに、そのふたつがうまく溶けあわない。
この本を読んで感じたのは、まずその事だった。中国や韓国、アメリカやヨーロッパ、それぞれの国との関係やつながりに応じて歴史は動いていく。「日本史」「世界史」などと分けられるものではないし、ひとつの国の中だけで歴史が作られているわけではない。歴史とは地球規模の大きなひとつの物語だ。自分にはそういう意識が希薄だったのだな、と、改めて認識した。その事が分かると、著者が拾いあげる項目も、物語の中のひとつのエピソードのように思えてきて、頁をめくる手も少しずつ早くなっていった。
ただ本書は歴史的事実だけを学ぶ本ではないだけに、著者独自の視点で語られている部分がたくさんある(歴史に疎い者でもそれは感じる)。なので基本的知識が乏しい(あたしのような)者が読む時には、少し注意が必要かもしれない。歴史というのは過去のものだから、大抵は文献や資料から判断するしかない。何年に何が起きたかという事実は確かなことだとしても、それが何故起きたのか、どういう思惑があったのか、という事についての考察が皆同じとは限らない。こういう本を読むときは、その事を頭の片隅に置いておくべきだろう。
が、そんなふうに思いめぐらすことができたのも、ひとつの収穫に違いない。なるほど歴史というのは「何が起きたのか」という事だけでなく、なぜ起きたのか、という事を自分なりに考えるものでもあるのだな、と気づいたのは、著者独自の視点があってこそ。決して難しい本ではないし、去年から始まったNHKドラマ「坂の上の雲」などにも触れているし、本好きとしては「夏目漱石」の「高等遊民」の話なども興味深かった。文学もまた歴史と切っても切れない関係にあるのだ。
『歴史とは、世代を超えて受け継がれていく物語です。そこで活躍するのは政治家や芸術家であることが多いですけれど、僕たちひとりひとりが歴史の担い手です。』と読者に向かって語りかける著者は、更にこう続ける。『いつのまにか、夏目漱石が亡くなった年齢に近づいています。僕の身にいつ何があってもいいように、君に伝えておきたいことは、だいたいもうお話ししました』
この一文を読んだとき、あたしの中にある苦手意識が少し薄くなったような気がした。少しだけ歴史が親しいものに思えた。確かに歴史というものは祖父母や親、身近な年配者から教えてもらうのが一番いいのかもしれない。そうすればもっと歴史は身近になる。ということは、あたし達が次の世代に伝えていかなくてはならないということでもある。やっぱりもう一度、歴史を勉強しなおそうかな。
山崎ナオコーラ「論理と感性は相反しない」
2009-12-14-Mon-01:07
山崎ナオコーラは、最初そのタイトルのイメージで、いわゆるイマドキのちょっと弾けた作風なのかと思い、なかなか手を出せずにいたのだった。が、文庫化されたのを機に「人のセックスを笑うな」を読んでみたら、すごく良かった。淡々として、ちょっとシニカルでおかしくて、でも透明感があって。それですっかりファンになったのだった。
この本は「初の書き下ろし小説 / これが私の代表作です」というキャッチだったので、どんな力作なのかと思えば、これがなんとも自由な作品集で驚いてしまった。ふつう代表作といえば大長編とかになるだろうけど、これはその対極にあるような。書きたいことを好きなように自由に書いて集めてみました、という感じでもあり、しかもなんだか「ふざけて」いる。この真面目にふざけた感じがすごく良くて、いいぞいいぞと拍手したくなる程だ。
それにしても著者は作品をタイトルで裏切る(その反対かな?)のがお好きなようで。この小難しそうなタイトルにちょっと身構えてしまう読者もいるんじゃなかろうか。内容はそのタイトルに反して、自由でのびのびとした作品集であるというのに。でもだからこそ、これぞ著者の代表作(著者をよく表わしているという意味において)なのかもしれない。きちんとした(?)長編も読みたいけれど、又こういう本を出して欲しいです。ぜひぜひ。
「脳の中の身体地図」サンドラ ブレイクスリー,マシュー ブレイクスリー、小松 淳子訳
2009-12-11-Fri-02:14

脳の中の身体地図
- Sandra Blakeslee、Matthew Blakeslee/小松 淳子 訳
- インターシフト
- 2310円
書評/サイエンス

「脳」というものに興味がある。記憶する、カラダを動かす、感情を司る、夢を見る。どれも脳の働きによるもので、それは自分のカラダの1部であるのに、自分自身がコントロールできるものではない。自分が脳に命令をしているのではなくて、脳があたしというニンゲンを動かしている。そうも思えて、なんだか不思議だ。ではどうやって脳はあたしを「動かして」いるのか。その秘密の1部(なのだと思う)がこの本で明かされている。
手、足、肩、頬、自分の体の各部を区別できるのはボディマップのおかげだという。脳の神経組織に各部がマッピングされているのだ。そればかりか伸ばした腕の指先、握った杖の先まで脳はマップに取り込める。だから他人と自分の体の区別がつくし、握ったフォークで食事ができる。マップがどんな働きをするのか、そのマップが乱れると何が起こるのか、次々に繰り出される実験や症例はどれも興味深い。知れば知るほど、どうして脳にはそんなことが出来るのかと思う。いったい誰が創ったのか。まるで奇跡だ。
「脳」の秘密が知りたくて、こういう本を読むと、その度になるほどと思い、感嘆する。すればするほど、不思議感は強くなり、また次の本に手を伸ばしたくなる。が、脳の働きに関して解明されていることはまだほんの少しだということだから、脳を巡る読書には終わりがない。やれやれ。と考えているのも、まさにあたしの「脳」で、もしかしたらあたしの知らないところで脳は「こいつはそんなことも分からないのか」とか思っているかもしれない。なんてことを思ってしまうくらい、この本を読むと「脳」の優秀さを思い知らされる。その能力をあたしは存分に発揮しているか。答えはもちろんノーである(って威張ってどうする)。
(この本は「本が好き」からの献本でした。面白かったです。有り難うございました)




